孔子の思想と特徴

中国の思想と作品を紹介していきたいと思います。
 中国の思想を学ぶ上で外せないのが儒学です。その儒学の奥義書とも言えるのが四書五経という作品です。これは「詩経」・「書経」・「易経」・「礼記」・「春秋」の五経と呼ばれるものと「論語」・「中庸」・「大学」・「孟子」の四書からなるのでそう呼ばれています。
中国には儒家、法家、塁家・・・等の多くの思想の柱がありますが、とりわけ儒家と道家について取り上げます。
 さきほどの四書五経の「易経」の中にあります「繋辞伝」というものと、道家の要である「荘子」・「老子」を合わせて玄学と呼ばれ、大変重宝されています。
 では孔子が基礎を作った儒教はどのようなものだったのか。孔子はどちらかと言えば教えに近いのですが、老子は東洋哲学といってもさしつかえないでしょう。ここの章では 孔子について述べ、次の章で老子についての書こうと思います。

元々孔子は老子の弟子だったとも言われています。孔子は道徳を重んじるようにと布教していきました。しかし、孔子のように礼や節度を重んじていると、国の官僚である自分たちに都合が悪いことがあるので排斥してきたのです。しかし孔子の弟子である孟子という者の布教によって、孔子の思想は漢の武帝に正式に国教となりました。元々宗教的側面は薄かったのですが、聖人に祭り上げられたことで宗教的な側面が濃くなっていったのです。
 孔子は弟子によって教え方が違っていたと言われています。孔子はその弟子に見合った教え方をしていたようなので弟子が孔子の教えを伝える時には噛み合わない部分が多く、それが弟子同士の喧嘩にも発展していったと言われています。

孔子の思想では法は「最低限守らなければならないルールである。」と孔子は言っておりますが、実は全部が全部そうであるかと聞かれると答えはNOなのです。

実はこういった話があります。孔子は旅先で村を転々と周り教えを説いています。そこである村に入ったときに村人の男が孔子に言いました「この村では今じゃ犯罪はほとんど起きないのですよ」と言ったので、孔子が何故だと尋ねると男は「ここの村では親が罪を犯したら子が訴え、子が罪を犯したなら親が訴えるのです。素晴らしいですよ」といいました。私もてっきり孔子なら誉めるところなのだろうと思いましたが、孔子は「いや、それは違う。親子の情というものは例え、子が罪を犯したとしても親が庇い、親が罪を犯したのなら子が庇うものなのだ。それが無くしては素晴らしいことではない。」と言ったのです。法とは元来最低限のルールであり、孔子自身も守らなければならないと言っているのですが、それにも係らず親子の情や仁といったものを優先させるべきだと言っているのです。

私はどちらかというと孔子よりも、老子の考え方のほうが好きなのですが、この物語を見てから孔子はガチガチに固まった思考ではないと思い、書こうと思ってみたのです。
( 2007/2/6 )